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札幌高等裁判所 昭和26年(う)181号 判決 1951年5月24日

控訴人 被告人 松田忠雄 外一名

弁護人 杉之原舜一

検察官 小松不二雄関与

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

被告人両名に対し当審の未決勾留日数中六拾日を各本刑に算入する。

理由

職権をもつて被告人氏名不詳者の控訴の適否につき判断する。

およそ控訴をするには申立書を第一審裁判所に差し出さなければならないことは刑事訴訟法第三百七十四条の明定するところであり、被告人がなす控訴申立書には被告人がこれに署名押印しなければならないことは刑事訴訟規則第六十条によつて明瞭であつてここに署名とは氏名を自署するの意であることはいうまでもない。ところが、本件控訴申立書には「氏名不詳甲」なる記載はあるが、「氏名不詳甲」というのが被告人の氏名でないことは明かであるから、これを被告人の署名と認めるわけにはゆかない。すなわち本件控訴は法令上の方式に違反しているものにほかならないから、刑事訴訟法第三百九十五条によりこれを棄却すべきものである。

いつたい、公訴権の対象となつた受身の被告人が、第一審で自分の権利を擁護するために裁判官に対しその氏名を告げないことが、いわゆる黙秘権行使の範囲内に入るかどうか、その点は論議の余地がないでもないであろうが、その被告人が有罪の判決を受け控訴を申立てた場合は、自ら進んで裁判を求めるのであるから、自分が何の何某であるかを裁判官の前で堂々明かにすべきは、裁判所に対する手続として当然の筋道といわなければならない。さればこそ、われわれは前示法条からして控訴申立書には被告人が署名押印しなければならないものと解釈した次第なのである。しかして右の手続を践まない被告人に対し裁判を拒否しても、憲法にいわゆる何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないという条章には違反したことにはならない。何となれば被告人たる者が右法条に従つてさえいれば、控訴裁判所は被告人の不服申立の内容を十分に聴き、事後審の裁判をするであろうからである。

以上の次第で当裁判所は前示法条を厳格に解し、当控訴審においても終始自分の氏名を秘匿する被告人の控訴申立を手続上の瑕瑾の故を以て排斥した次第であるが、被告人は如何なる社会に在つても法律の定めた手続には従わなければならないものであることを深く省みるべきであろう。

被告人松田忠雄の弁護人杉之原舜一の控訴の趣意は別紙のとおりで、これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

本件記録を精査しても、旭川鉄道管理局旭川工場が軍需工場化しつつあり、それがひいてわが民族の独立を危くしていること、同工場において職制の圧迫、労働強化、低賃銀によりその従業員の自由が奪われ奴隷化しつつあること、被告人等共産党員が同工場に入場することを一般的に拒否されているのは同工場の軍需工場化、植民地化、従業員の奴隷化をより強化し促進するためであることは、いずれもこれを認めることができないから、かかる事実を前提とし被告人の入場を拒否したことがボツタム宣言の厳正実施を意図するもので正当の理由に基くとの主張は到底採用するわけにはゆかない。されば本件控訴は刑事訴訟法第三百九十六条により棄却すべきものである。

よつて当審における未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二十一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長高等裁判所長官 下飯坂潤夫 判事 西田賢次郎 判事 臼居直道)

被告人松田忠雄の弁護人杉之原舜一の控訴趣意

原審判決は法令の適用を誤つている。すなわち

一、平和的民主的国家としての再建、民族の独立の確保、これらはすでにポツダム宣言によつてわが国民の総てが無条件に履行するを要請されている。然るに本件旭川工場は周知のように着々と軍需工場化しつつあり、それは引いてはわが民族の独立を危くしているところのものである。而もそれがため同工場においては職制の圧迫、労働強化、低賃銀によりその従業員の自由に奪われ、奴隷化しつつある。被告人ら共産党員が本件旭川工場に入場することを一般的に拒否せられているのは、同工場の右のような軍需工場化植民地化さらに従業員の奴隷化をより強化し促進するためのものである。

かかる入場拒否はまさにポツダム宣言を蹂躪する不法のものである。被告人らの無断入場こそかえつてポツダム宣言の厳正実施を意図するものであり正当の理由に基くものである。原判決はこの理を全く無視している。

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